大阪高等裁判所 平成12年(ネ)964号 判決 2000年9月05日
控訴人(原告) 株式会社グルメ杵屋
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 中垣一二三
同 針間禎男
同 藤本裕司
被控訴人(被告) 株式会社東京都民銀行
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 上野隆司
同 髙山満
同 浅野謙一
同 石川剛
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、400万円及びこれに対する平成10年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の概要(事案の骨子、争いのない事実、争点及び当事者の主張)は、次に補足するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 控訴人の補充主張
本件印影には、異常性があり、かつ、本件払戻請求には、不信を抱くべき点が種々あるにもかかわらず、被控訴人の担当者において本件印影の異常性をなんら認識していないのは、印鑑照合に過失があるというべきであるし、再度の押印を求めれば、本件払戻請求が不正なものであることが容易に判明しえたのに、このような措置を講じていない点においても過失があるというべきである。
1 本件印影には、朱肉のつきすぎの部分とそうでない部分があり、つきすぎの部分があるのに2ヶ所欠けている部分や、不鮮明で読みとれない部分もある。
鑑定人Cの鑑定の結果によれば、印鑑照合事務に習熟している銀行員には、異常性を認識できたとしているのであるから、被控訴人の担当者は本件印影の異常性を認識すべきであり、同担当者が異常性を認識していないのは過失があるというべきである。
2 本件預金契約がなされたのは被控訴人の新宿支店であるのに、本件払戻請求は被控訴人の西大久保支店であったこと、本件払出請求にかかる金額は、被控訴人においてDの上司であるEがチェックする取扱いとされていた100万円をはるかに超え、かつ預金残高の全額に近い400万円であったこと、Dが、本件払戻請求をした男性に対し、前もって連絡しているかを問うたところ、右男性は「していると思う。」と答えたが、現実には連絡はなかったこと、被控訴人の担当者が本件払戻請求をしたのが若い男性であり、その身体的特徴や言動を覚えているのは、不審な点があったからであり、再度の押印を求めれば、その男性は逃げていったことは必至であったこと、控訴人の本件預金通帳からの払戻は、それまでエレクトロニックバンク(EB)によるもので、印鑑による払戻しは一回もなかったことなどからすれば、本件払出請求に対し、疑問を抱くべきであった。
三 被控訴人の反論
1 本件印影と本件副印影の相違は、特殊な機械を使わない限り容易に判断できないものである。
そうすると、右両印影の相違は、銀行の印鑑照合事務担当者が社会通念上、一般に期待される業務上相当の注意をもって照合を行ったとしても、肉眼をもって発見できるものではなかったもので、被控訴人には過失はない。
なお、鑑定の結果によれば、印字や輪郭線が太いという異常性については認識できると考えられるとするが、その異常性の原因についての識別は困難とされている。
2 また、本件払出請求に対し、被控訴人において印鑑照合以外の確認方法をとるべきであるとされる事情は見当たらない。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求は、理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりである(ただし、原判決18頁8、9行目の「ちなみに、鑑定人も同旨の判断をしている。」を削除する。)から、これを引用する。
二 控訴人の補充主張に対する判断
控訴人は、本件印影には異常性があったのに、本件印影の異常性をなんら認識していないのは、印鑑照合に過失があり、かつ、本件払戻請求には、不信を抱くべき点が種々あるから、再度の押印を求めるべきであった旨主張する。
なるほど、結果論としては、再度の押印を求めていれば、本件払戻請求に対する支払いを防げた可能性は大きいといえる。
しかし、原判決の認定のとおり、本件預金請求をした者には挙動不審な点が見当たらないのであるから、被控訴人の担当者としては、平面照合により印影の一致を確認すれば足りるところ、平面照合のみならず折り重ね照合をも行い、慎重に本件印影と本件副印影の照合をしているところである。
そして、原判決の認定のとおり、本件印影と本件副印影とは、印影の大きさが同一であるうえ、字体、配字関係はおおむね同一であり、本件印影には外枠輪郭線上が明確に顕出していない部分が2か所存在するものの、このような非顕出部分は、印章の使い込み方による印章の変化、紙の状態、押印する力の強弱により生じうるものといえる余地があり、また、本件印影と本件副印影とは印字の太さに相違はあるものの、それは押印圧を強くしたときや、朱肉の着用過多など使用条件の変化等によっても生じうる余地があるから、本件副印影の印鑑とは異なる印鑑によるものであるとは判断し難い。そして、マージナルゾーンは、押印圧が強い場合に生じうるものであるところ、その強弱は特殊な機械を使わない限り容易に判断できないものである。
そうすると、右のような相違は、印鑑事務に習熟している銀行員が相当の注意を払って肉眼による平面照合をしたとしても、別異の印章によるものであることを容易に発見し難いものであったというべきであり、被控訴人の窓口担当者のDのみならず、その上司のEが印鑑照合を行うなど慎重に照合を行っており、そのうえで、本件印影が本件副印影と同一であると判断したのは無理からぬことである。
右の点につき、控訴人は、鑑定人Cの鑑定の結果によれば、印鑑照合事務に習熟している銀行員には、異常性を認識できたとされているにもかかわらず、被控訴人の担当者は異常性を認識していないことを理由に、被控訴人に過失がある旨主張するが、同鑑定人も、印字や輪郭線が太いという異常性については認識できると考えられるとするものの、その異常性の原因についての識別は困難としているのであり、前認定のとおり、右異常性は使用条件の変化や押印圧の差異によって生じることがあることからすれば、たとえ印鑑照合に習熟した銀行員であっても、その原因について異常性を感じなかったことは無理からぬことであって、被控訴人の担当者の印鑑照合に過失があるとの控訴人の主張は採用できない。
また、控訴人は、本件預金請求には、種々不審を抱くべき事情がある旨主張するが、Dが、本件払戻請求をした男性に対し、前もって連絡しているかを問うたところ、右男性は「していると思う。」と答えたのであり、現実には連絡はなかったものの、同男性には挙動不審の態度が見られなかったのであるから、それ以上に追及しなかったこと、さらには再度の押印を求めなかったことをもって、被控訴人の担当者に過失があるとはいえないし、その他、控訴人が主張する点も過失を認める事情としては不十分である。
三 その他、控訴人の主張に徴して、全証拠を改めて精査しても、右認定、判断を左右するほどのものはない。
第四結語
よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 白井博文 鳥羽耕一)